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    アニメ・ラノベの同人小説倉庫

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    □ ゼロの使い魔 □

    ZEROのつかいま六 王宮陰謀劇



    六 王宮陰謀劇

    五 シエスタ へ飛ぶ

    「サイト! やっと帰ってきたわね」
     桃髪のメイジのきゃんきゃん吠える声は、今の才人にはことさらこたえた。
     ルイズは自室でいつもの制服姿に着替え、書物を広げていた。
    「あんた昨日から一晩中いったいどこをほっつき歩いてたのよ?」
    「い、いよう、ルイズ」
     才人はルイズの目を見られない。ルイズの、キュルケの、シエスタの、それぞれの痴態がさっとスクリーンをかけめぐる。
    夕べから一晩中なにをしていたか?
    とてもいえない。キュルケに手で抜いてもらい、中に出して、シエスタのはじめてもらった。もらっちゃいました。
    にへらっと顔が勝手にゆるんだ。やば、と思ったときにはルイズの釣り目が三角定規のようにきっととがった。
    「あああ、あんた、まぁぁた別の女に尻尾振って――」
    「そそそ、それよりルイズ! こんな時間にどうしてここにいるんだよ! 今は授業中のはずだろ?」
     シエスタといちゃついている間にお日様はとっくに高くなり、教室の窓には授業を受ける生徒が並んですわっている姿も見える。
    「う、うるさいわね! 使い魔がどこにいるのかわからなくなるなんて、恥よ、恥! じゅじゅじゅ授業よりそっちのほうが大事だわ!」
     才人はきょとんとした。それからもう一度今の言葉を反芻する。
    「使い魔のほうが、授業より大事」
    「そうよ! だいたいあんたはねぇ、犬なのよ、犬! つ、つねにご主人様のそばにいないとダメなんだから!」
     この素直になれない公爵家の娘は、つまり。
    「心配してくれたのか」
    「ち、ちがうわよっ! かかか、勘違いしないでよね!」
     ルイズは耳まで真っ赤になってそっぽを向いた。それからごにょごにょとつけくわえた。
    「……でも、まあ、無事で、よかったけど」
     才人は少し胸が痛んだ。
    「ごめん、ルイズ」
    「わ、分かればいいのよ! 分かれば!」
     つん! と平らな胸を張った少女は、しばらくそのポーズをとっていたが、やがて思い直したようにつぶやいた。
    「……その、……きのうは、ご、ごめんなさい」
    「……え?」
     才人はびっくらこいて口をあけた。
    「なんでルイズが謝るんだよ!」
    「だって、……あ、ああんた、怒ってたじゃない」
     だから、ごめんなさい、とつぶやくルイズを、才人は信じられない思いでみつめた。
     途中までシかけて止められたら、誰だって傷つく。
     まして相手が他の女の子のところへ行ってたら?
     想像しただけでもつらい。ルイズが同じことをしたら、才人は土にもぐったまま出てこれなくなる。自分、モグラですから。
     いつものルイズならエクスプロージョンを打つ。絶対打つ。そしてトリステインごとふっとばす。
     それぐらいは覚悟していたのに、怒ってたからごめんなさい、なんて。あのルイズが。
    「な、なによ! ひ、人が謝ってるんだから、なんか言いなさいよね!」
    「ルイズ――」
     才人はルイズの手を取った。
    「へっ? ……ええっ?」
     ルイズは真摯に見つめられ、顔をぱあっと赤くする。いまにも口づけられそうな距離までつめよられ、完全に固まった。
     そのルイズに、才人はまじめに言った。
    「おまえ、熱でもあるのかよ?」

     ルイズはぶった。しつけのなっていない駄犬を。魔法の杖を鞭となし、思うさま、ぶったたいた。
    「いまのは相棒が悪いと思うぜ」
     さすがのデルフも、そんなことをつぶやいていた。

    「ただぼーっとあんたの帰りを待ってたわけじゃないのよ」
     ルイズはそう言って、緊張した手つきで机の上の封筒をとりあげた。それからそっと才人のほうへ差し出す。二辺を両手でつかんでいて、しわひとつつけまいと細かく気を使っているのが才人にもわかった。
    「あんたに渡したいものがあるの。今朝、特使が来たわ。姫さまじきじきの親書よ」
    「へ? ――俺に?」
     手紙には蜜蝋、トリステイン王家の百合の家紋をかたどったものだ。便箋は白く美しく、ほのかに花の香りがただよっていた。
    「そうよ。姫さまはなんの風の吹き回しか、あんたへ、との思し召しよ。――読みなさい」
     封をナイフで注意ぶかく切りひらくと、上等の羊皮紙が現れた。
    「……わかんね。むずかしすぎ」
     才人はこちらの文字がほとんど読めない。まして王室じきじきの正式な召喚状など、見るだけムダだった。
    「もう、バカねえ。貸しなさい」
     ルイズは声に出してよみながら、しだいに顔色をけわしくしていった。
    「親愛なるトリステインの盾へ。近頃王宮では雪が降り続き、天の恵みは災いへ転じつつあります。せめても私の冠に降りかからぬよう、傘を伸べてくださる方もなし。凍える無力な女王をあわれとおぼしなら、どうか駆けつけてくださいまし。……ちょっと、どういうことよ!」
    「えーっと、つまり、どういうこと?」
     外は晴れている。今は夏が終わったばかりで、雪が降るにはまだまだ早い。
    「つまり、王宮でよくないことが起きたから、すぐに来てくれっていうこと!」
     それからルイズは引き出しからもう一通、手紙を出してみせた。
    「こっちは、私に当てられた手紙。私にも、政情不安定を理由に、アルビオンへ視察に行くように書いてあるわ」
     そして傷ついたように言う。
    「姫さま……どうして才人だけ……?」
     ルイズとアンリエッタ女王陛下は幼馴染である。ゆえにアンリエッタが女王になった今も、彼女を姫さまと呼ぶ。
    「私のことは、呼んでくださらないんですか……?」
     ルイズにしてみれば、大好きな姫さまに冷たく突き放されたような気持ちなのかもしれなかった。
    「まさか姫さま、また主人である私を差し置いて、才人をおもちゃにしようと……っ!」
     才人は少し肩がコケた。
     そっちかい。
     あきれる才人をよそに、燃える目で宣言する。
    「わたしもあんたと行くわ!」
    「いやちょっと待て!」
     仮にも女王の勅命である。女官たるルイズはそれを誇りにしてきたし、どんなことがあろうとも遂行する気概もある。
    しかし今はそんなことどうでもいいらしかった。
    「待たないもん! いくら姫さまでもダメなんだもん! 才人は私の使い魔なんだもん! そんなの絶対許せないんだもん!」
    「モテる男は大変だぁね、相棒」
     デルフがかたかたと笑うように言った。

    *****

    「いいこと? 姫さまになんかしたら、消し炭にするわよ! 分かってるんでしょうね!」
     なんとかなだめすかし、何名かのオンディーヌ隊とともに竜に乗って出立するルイズを見送って、才人はため息をついた。

    *****

     うわのそらで王宮まで馬車に揺られてくると、もう夜だった。御者の手引きで赤いカーペットを踏み、白い宮殿のてっぺんに鎮座するとんがり飾りを見あげる。
     大陸は中央、トリステイン王国。聖女アンリエッタを女王にいただく王都トリスタニアの、その中枢にあたる建物だった。
    「久しいな。シュヴァリエどの」
     カンテラをかかげ、短くそろった前髪を揺らして敬礼の真似事をしたのは、銃士隊の女性隊長。夜闇の中で、とがった瞳が笑っていた。
    「アニエスさん! お久しぶりです」
    「突然の呼び出し、申し訳ない。本当なら私が迎えに行くつもりだったが、そうも言ってられなくてな」
     そう言ってカンテラを降ろしたアニエスの顔に、才人はぞっとした。下から照らされた顔に、くっきりと隈が浮いていたからだ。影の具合で強調されてしまい、まるで死相の浮いた病人のようだ。
    「……はあ」
    「到着早々悪いが、陛下の寝室へ行ってくれ。私は少し――休ませてもらう」
     アニエスは一方的に宣言すると、側仕えのメイドに指示を飛ばす。この者を陛下の寝室へ、と告げる声にも、疲れが色濃い。
    「いったいどういうことなんですか?」
    「悪いが説明してやる余裕もない。陛下から聞いてくれ。才人、食事に気をつけろ。それと――死ぬな」
    「え……ええええ?」
     不吉きわまりないアドバイスだけを残して、鬼神のごとき女隊長は、ふらり、とその場に倒れてしまった。
     その身体を使用人が脇からささえ、奥へと運んでいく。異常な事態だというのに、誰も顔色ひとつ変えていない。
    「……なんなんだぁ?」
     メイドに赤カーペットの先をうながされるまま歩きながら、才人は頭をがりがりとかいた。

    *****

    すれ違うメイドがこちらに頭を下げ、文官たちがいぶかるような視線を投げてくる。その色もさまざまだった。
     陛下の寝室は、そもそも才人が立ち入っていい場所ではない。夜にこっそりともなれば、場合が場合なら、死罪は確実だ。
     才人が白塗り金箔の扉の前で立ち往生している姿は、やっぱり目立った。非難と好奇の視線から逃げるように、中へすべりこむ。
     広く、暗い室内に、魔法の明かりが無数に浮いていた。まぶしいほどの光量が部屋全体をつつみ、才人の影を四方に散らす。
     おなじ光を受けて、純白のドレスの女王は文字通りまぶしい笑顔を浮かべていた。
     この場にルイズがいたら、頭が高いと一喝しただろうが、才人にトリステイン流の挨拶などは分からない。ついてきた三人のメイドたちがそろって床にひざをつくなかで、才人はなんだか居心地の悪い思いをしながら、へらへらと手をあげ、笑った。
    「よう、姫さま、久しぶり」
    「才人殿! よく来てくださいました」
     アンリエッタはやや足早に才人のもとへかけより、その手を親しげに握ってきた。(ちらちらと盗み見していたメイドが顔色を変え、息を呑むのが、にぶい才人にも読み取れた。)
     アンリエッタは一切気にした様子もなく、メイドたちに声をかける。
    「遅くまでよく仕えてくださいました。今宵はもう下がりなさい」
    「かしこまりました、女王陛下」
     メイド三名は寝室のドアを大きく開け放ち、その後ろの廊下にぴたりと静止した。寝室をのぞこうとさりげなく通りすがる文官たちにきついまなざしを送りながら、廊下を一歩も動かない構えだ。
    「もう、あなたがたは本当に忠実ですわね。でもこの者はトリステインの英雄、わたくしの盾です。あなたがたも明日の朝までゆっくりお休みなさいまし」
     メイドたちがさっきよりもさらに露骨に顔色を変え、それでも忍耐深くもういちど敬礼するのを、才人は見逃さなかった。それはそうだろう、と思う。
     女王陛下が、若い男を、他のどこあろう寝室へ招き、人払いをしたのだ。
     未婚のアンリエッタが男とふたりきりになるなど、王室はじまって以来の大スキャンダルといっていい。そのうえ相手の男が成り上がりの元平民だ。
    メイドたちが去っていってから、アンリエッタは杖を振り、扉へ魔法の錠を下ろした。ひとりでに錠がかちりと鳴る音を合図に、若き女王陛下はふかぶかとため息をついた。
    見れば、その顔にも疲労が色濃い。
    「……あ、いえ、失礼いたしましたわ。なんだか安心してしまって」
    「なんだか疲れてますね」
     アニエスもそうだった。
    「何があったんですか?」
    「結論から言えば、わたくしは暗殺されかかっています」
     アンリエッタは再び杖を振った。
     照明が落ち、彼女の頭上ひとつを残してすべて消える。
     真上からの明かりを浴びて、絹のドレスが真珠のような光沢を放っていた。
     ――とたん、風切り音も鮮やかに、才人の後方から何かが飛来する。
    「――危ない!」
     ガンダールヴの力が手のひらに満ち、瞬時に才人は反応していた。抜いたデルフリンガーの刀身で正確に真芯をとらえ、はたきおとす。
     つもりだった。
     それはデルフリンガーを通過し、一直線にアンリエッタの心臓へ。
     ――ターンッ!
     音高く、彼女の胸元へ突き刺さった。
    「姫さまーっ!」
     膝が折れ、気丈に二の足を踏んでよろめくからだを支えるべく、才人は彼女を真正面から抱きとめた。
    「姫さま、姫さまっ!」
    「大丈夫です……ほら」
     そう言ってみずからの胸元を強調しむるアンリエッタ。そのゆたかな胸の谷間から、大きな刀剣が生えていた。
     姫が杖を振る。失われていた照明が再び灯り、たちまち室内は昼間よりも明るくなった。
     すると、刀剣は霧のように溶け、姿を失くす。
     あとには白くてまるい魅惑の谷間があるだけである。
    「て……手品?」
     はからずもそこをまじまじと凝視しながら、才人は言う。つやのよい肌が、あやういところで布に覆われている、その境目あたりを。服のすき間からレースの下着のようなものがのぞけていた。それがぎりぎりと胸の双丘の半ばほどを締めつけ、胸のおにくが窮屈そうにはみ出ている。
    「イリュージョンの魔法ですわ。影も形もないでしょう?」
     ほら、とアンリエッタは胸のあたりの服をはだけてみせる。乳房がキケンな角度に盛り上がっていた。
    「な、なーんだイリュージョンかー。おどかさないでくださいよ。びっくりして大きくなっちゃうかと思ったじゃないですかはははは」
    「才人どの、よくわかりませんが目つきがコワいですわ……」
     アンリエッタはややヒき気味に才人の身を遠ざけた。
    「そーかそーかイリュージョン……って、それは」
     ルイズしか使えない伝説の属性、虚無の魔法ではなかったか?
     才人はおもわず手をはなし、じりじりと後退した。どれだけ見渡しても、部屋の中にピンク色の髪のひとすじさえ見当たらない。
    「る、ルイズ……来てるのか?」
    「いないはずです。あの子は竜隊とともにガリアへ無事出立したと、伝令が。ああ、でもそれも、イリュージョンかもしれません……」
    泣くかと思われた。しかしアンリエッタは簡潔に告げた。
    「暗殺されかかっているのです。虚無の使い手に――ひょっとしたら、わたくしの親友に」
    「まさか! 別に、虚無はルイズしか使えないってわけじゃないだろ? 四人の担い手の誰かかもしれねえ」
    女王は首をふって説明を続ける。それはわたくしも考えました。しかし、ロマリア教皇の虚無はルイズとはまた少し違います。第三の担い手たるガリア王は先日お亡くなりです。残るエルフの少女は、まだ、目覚めてすらいません。
    「ルイズしかいないのです」
     才人は呆然とつぶやいた。
    「……でも、ルイズに限って、そんなこと」
    「ええ。あるはずはありません。敵は、わたくしに揺さぶりをかけようとしているのでしょう」
     おろかなことを、と女王は笑う。
    「わたくしが、ルイズを疑うわけがありませんわ。まぼろしと分かっていれば、こんなもの、怖くもなんともありませんでした。ですが」
     テーブルの紙片を取りあげた。プレゼントにつけるカードのようなものらしい。
    「『木を隠すなら森の中。弓をひき、真剣投じて、御世に問う、白き血のすえわかつまで、ここに簒奪の鬨あげたてつまらん……ルイズ・フランソワーズ』」
     アンリエッタは真面目な顔をしていた。
    「えっと、ごめん、どういうこと?」
    「白き血とは、ここ流の言い回しで、トリステイン王家の血統のことを指します。つまり、その末裔たるわたくしを殺してしまうぞと言っているのです。まぼろしに乗じて本物の矢を放つことで」
     才人はアニエスの疲弊した顔を思い出した。
    「それでアニエスさんは……」
    「ええ。二日二晩、ずっと寝ずで私の警護をしてくださいました。百を超える剣をなぎ、千を超えるまぼろしを払って、かわいそうに、倒れてしまって」
     四十八時間耐久千本ノックをこなしたようなものか。
     才人は寒気がした。
     ただの千本ノックではない、運悪く打ちもらした一本でゲームオーバーになるかもしれない最高難易度のシューティングだ。そんなめちゃくちゃなバランスで、売れるゲームがあったら見てみたい。
     鉄火場の覇者もぶったおれるわけだ。
    「話はだいたいわかりましたが……ひょっとして、俺が呼ばれたのって」
    「才人殿ならきっとわたくしを守ってくださると、話し合ったのです。二人交代ごうたいなら、なんとかなる、とも」
     才人は肩をがっくりと落とした。その後ろで、また風が生まれる。
    「剣は暗くなればなるほど数が増え、逆に明るくなれば少なくなります。また、明るい光のもとでなら、少しの衝撃でかんたんに消せます。ですのでわたくしは、できうる限り明かりの魔法に集中しています」
     女王めがけて、新たな刃が虚空に生まれつつあった。
    「がんばってくださいね」

    *****

     ――ひゅんっ!
    「わぁっ!」
     ――ぶぉんっ!
    「またっ!」
     かあん、と硬い音を立てて、剣が床にころがった。
    「っぶねー……本物かよ……」
     打ち落としても消えない剣が、すでに小山を作っている。
    「きりがねえやな、相棒!」
     デルフリンガーがかたかた笑う。
     ベッドの上にひざまづき、一心にいのりごとをつぶやく女王のわきで、またひとつ明かりが生まれた。
    「姫さま、それちょっとまぶしすぎ!」
     あまり明るすぎても才人が動けない。
    「も、申し訳ありません」
    「才人、もっと震わせろよ! お前がヤル気出しゃ勝手に動くぜ、おりゃあよう!」
    「そういわれても!」
     何時間経っただろう。
     息はとっくにあがっていた。
     腕がしびれ、デルフが倍も重くなったようだ。集中しようと思っていても、よそのことに気をとられる。構えた足が思うように動かない。
    「敵はお前さんの特性まで計算に入れてるかもしんねえなぁ!」
    「どういうことだよ!」
    「ガンダールヴは強大な敵にゃ強くなれるが、ねちねち削られるようなのには全然向いてねえってこったよ!」
     たしかにこのままではジリ貧だった。
     また一本、剣が生まれる。才人は飛んで剣を振るった。足がなまり、踏み込みが甘くなり、腕がいつもより上にあがらない。
    「――しまっ、た」
     手ごたえはない、かき消えもしない、紙一重で打ちそこなった!
     うなりをあげて飛来した矢が、アンリエッタにつきささった。
     恐怖に凍る女王の胸で、矢はしずかに解け消えた。
    「……よかっ、」
     アンリエッタもそれまでだった。緊張の糸が完全に切れ、明かりが一斉に消えていく。
     闇へ転じた部屋で、いくつもの風切り音が生まれた。
    「――四、五、六……おい、動け! 数が尋常じゃねえぞ!」
     うちの一本を払う。足を踏み変えてもう一本。身をよじってさらに一本。
    「まずい、間に合わない!」
     才人は走った。間に合えと念じながら。アンリエッタの身体を抱きしめ、自分を盾に――どんっ! どすどすどすっ!
     衝撃は立て続けにきた。
    「才人殿! 才人殿ッ!」
     ふたたび光の満ちあふれる部屋で、才人はおぼろに目をあける。泣き顔の女王がそこにあった。
    「おい、相棒! 意識はあるか? おい!」
     たのむ、デルフリンガー、姫さまを、というつぶやきは、声にもならなかった。

    *****

    「才人殿っ!」
     次に目を開けたときも、アンリエッタは泣いていた。
     すでに日は高い。ガラス窓がいっぱいにひらかれ、陽光がきらきらとさんざめいている。
    「よかった――よかった!」
     周りにはメイジが大勢控えている。二人が油断なく風で結界を張っていた。二人がアンリエッタとともに才人に手をかざし、人心地ついたように喜んでいる。
     かたわらには難しい顔のマザリーニ卿と、アニエスもいた。そこまで首をまわして、才人は固まる。アニエスが難しいどころでなく、般若の形相をしていたからだ。
    「才人、歯ァ食いしばれっ!」
    「ひ――ひぃっ!」
     すぱーんっ! と小気味よい音がした。平手で打たれたところが遅れてじんわり熱を持つ。
    「たった一晩陛下を守りきれんとはなんたる怠慢か! 起きろ! 貴様には特別稽古をつけてやる!」
    「アニエス、おやめなさい」
    「しかし、こやつは私の命令をも破りかけたのですよ!」
     昨夜、凄絶な笑みで『死ぬな』と言い残してぶっ倒れた鬼教官である。死ぬなら殺すぞ! と目が言っていた。
    「それより今は対策を」
     マザリーニ卿がすばやく口をはさむ。
    「アニエス殿、才人殿、陛下と私の四名で話し合いを行います。全員退席しなさい。ウィンディ・シールドは陛下と私が共同で張りましょう」

    *****

    「もっと早くにご相談いただきたかったですな」
     話を聞き終えて、マザリーニ卿は苦々しくつぶやいた。
    「申し訳ありません。私が出すぎたまねをいたしましたがゆえに、陛下を危険に晒しました」
     アニエスが頭を下げるのを、アンリエッタが抱き起こす。その背で、真剣が風にはじかれ、からあん、と床に転がった。
    「いいえ、アニエス、わたくしです。わたくしが私情に流されなどしなければ」
    「どちらでもよろしい」
     マザリーニ卿はルイズの署名入りカードを見やった。
     それからするどく断定する。
    「おそらくロマリア派の仕業でしょうな。近頃彼らが妙な動きを見せていると報告がありました」
     マザリーニ卿は指折り数えた。
    「まず、矢や真剣を転移させる呪文はロマリア教皇の『移動』の虚無でしょう。イリュージョンを使ったという目撃例はありませんが。ロマリア派は貴族の反平民派を中心に足がかりを固めています。ジュリオ・チェザーレがミス・ヴァリエールと不必要な接触をはかっていたことも記憶に新しい」
     女王も苦々しくつぶやいた。そのぐらいはわかっているのだというように。
    「わたくしもそう思いますわ」
     そして緊張に満ちた目で卿を見る。
    「そして、卿ならすみやかにルイズを逮捕するとも思っておりました」
     だからこうして隠していたのだといわんばかりの口調だった。それで、才人にもようやく事情がのみこめてきた。だから姫さまはルイズをガリアにやったんだ。あそこならタバサが守ってくれる。
    「逮捕するべきでしょうな。ミス・ヴァリエールが懐柔された可能性は充分にある」
    「ルイズは味方です!」
    「敵が心を操る秘薬を用いていたとすれば? ……失礼、『水』属性の陛下にポーションのなんたるかを言うのはブリミルに魔法論でしたな」
    「で、でも、それなら俺が気づいたと思いますよ。ずっとそばで見てましたが、あいつ、ヘンな様子を見せたことなんか一度もありません。ジュリオのやつだって、俺がいつも気をつけてみてますし」
     マザリーニ卿はしばらく才人の顔をじっと見つめていた。あまりに長く見つめられたので、才人のほうがうしろめたくなって、意味もなく、すいません、とつぶやく。
    マザリーニはいやいやいや、と手を振り、ひとのよい笑みを浮かべてみせた。
    「なるほど、才人どのがそこまでいうのなら、ミス・ヴァリエールの逮捕は保留にしてもいいでしょう。しかし陛下、いかがなされるおつもりか」
    「……一刻も早くこの呪いを解きます」
     アンリエッタの後ろで、矢が風に吹き散らされ、天井に突き刺さった。
    「ふむ」
    「まずは塔牢へ登ってみます。魔法が及ばぬ場所なら、幻術も通じぬかもしれません」
    「そうですな。適当な理由をつけて、手配しましょう。しかし、女王陛下の御身をずっと置いておける場ではございませぬぞ」
    「……そこから先は、まだ。卿はどう思われますか」
    「私なら、真っ先にミス・ヴァリエールを逮捕しますな」
    「それだけはなりませぬと、申しましたでしょう!」
     アンリエッタはとうとう怒鳴った。
    「落ち着いて聞いてくだされ。ミス・ヴァリエールは魔法を打ち消す『ディスペル』の呪文をお持ちでしょう」
     あっ、と、才人が声を上げた。
    「それだ! ルイズなら転移の魔法くらいさくっと打ち消せますって!」
     なあデルフ、と後ろの剣にも声をかけた。
    「……いやあ、でも、いつ飛んでくるかわかんねえ剣を、毎回娘っ子の魔法で消すとなりゃ、圧倒的に娘っ子不利だと思うけどねえ。あちらさんはいつでも好きなときに飛ばせるから、こっちは二十四時間三百六十五日ずーっと警戒してなきゃなんねえ」
     みなが絶句した。マザリーニも。
    やや落ち着きを失ったように、こう言った。
    「どうやら、王手をかけられていますな」
    向こうはいつでも好きなときにアンリエッタを殺せる。アンリエッタのみならず、ルイズだろうがマザリーニだろうが、思うままだ。ただふいをついて転移させればそれでいい。
    「どのみち、ロマリア教皇に嘆願してやめてもらうしかないでしょうな。密使を送り、教皇と話し合いのすえ、転移の魔術をやめてもらう代わりに、何かを差し出すことになりますかな」
    「そんな! 相手は陛下に剣を向けてきているんだぞ、マザリーニ卿! ここでそのように甘い顔を見せれば、次はもっと過激な手段で来る!」
    「では報いますか。どのように?」
    「倒します。この銃にかけて」
    「俺も、それ賛成です」
    「アニエス……才人どの……」
     アンリエッタは満足げにうなずいたが、マザリーニ卿はふかぶかとため息をついた。
    「やはり、陛下はまだお若い」
    「お言葉ですが、卿はすこしお年を召しすぎたのでは。危険を避けていては、改革など叶いません」
    「政治とは、長き平坦な道を行くがごとし、ですぞ。岩場や崖を避けて歩いたものが結局はより頂上に近づくと、お教え申しあげましたでしょう」
    「ですが、わたくしの盾と銃は実績をあげておりますわ。先の大戦でも七万の兵を抑えました。十五万の兵をガリアから守りました。今度もきっと」
    「陛下をかばって死んでくれるというわけですな」
     アンリエッタはそこで口をつぐみ、アニエスが才人をにらみつけた。先ほどヘマをして死にかけた身としては、心が痛い展開だった。
    「ふむ。この先の処遇については、もう少し陛下と話し合わねばなりませんな。……ひとまずは陛下の安全を確保し、どうしても剣の転移を防げなければ、そのときはまた考えましょう。双方よろしいですかな」
     才人とアニエスはうなずいた。

    七 アンリエッタ へ飛ぶ
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    Date:2008/12/18
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    Thema:二次創作:小説
    Janre:小説・文学

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