泣きました。
これは感想文代わりに書いたものです。
エロくもなければ、やまもおちもいみもありません。
毒吐姫と星の石は未読です。矛盾してたらすみません。
読みたいとは、思って、いる。
それは娘の絵だった。
干し草を思わせる細い髪の少女が、ひざをかかえて座っている。
素足の裏は泥にまみれていた。黒く、こびりつく土を、少女は親指の腹でぬぐっている。
もう一枚の少女も座っていた。その足には美しい靴が履かされている。
強い強い、昼の太陽の色に爪先を包まれた少女は、くすくすと幸せそうに笑っていた。
どんな顔料を使っているのか、その絵には不思議な光沢があり、
まるでその少女自身が生きているかのようだった。
何という名画なのだろう。何と優美で、何と繊細なのだろう。
夜の王との文通はこれで何度目か分からない。けれども、彼女はその度に美しくなる。
クローディアスは、小さく友人の名を呼んだ。
「ミィ」
たくさんのものをくれた、かけがえのない友人。樹液で固めて作った宝石のように、
その思い出はどんどん固まって澄んでいく。
はじめに手紙を贈ったのはクローディアスだった。
暮らしに不自由はないか。欲しいものがあればなんでも言ってくれて構わない。
ミミズクには文字が読めないから、夜の王に宛てて書いた。
はじめに返ってきた絵のミミズクは、うなだれていた。
甘いお菓子と砂糖をまぶした果物に囲まれて、それはもう悲しそうだった。
お菓子が食べたい。食べたいようー。
そんな我が侭を言うミミズクの声が聞こえた気がして、クローディアスもつられて笑った。
お返しに、山ほどのご馳走を送ってあげた。
手紙はすぐに返ってきた。山ほどの花を添えて、絵画のミミズクは、にこにこ笑っていた。
「今度は、靴かな」
上等の革で作ってやろう、とクローディアスは思った。明るい明るい、月と太陽の色。
刻々と変化していく星のように、不思議な光沢があって、ミミズクの肌を引き立たせる靴だといい。
羽のように軽くて、雨を吸った土のように柔らかいといい。
クローディアスはにっこりした。ミミズクの喜ぶ顔を想像すると、つい笑ってしまう。
「楽しそうですね、王子?」
「うわあ! オリエッタ!」
いつからいたのか。婦人は彼の机からさっと絵を拾うと、ため息をついた。
「……どんどん美しくなるわね。この年頃の女の子は」
「……」
「ねえ? 王子」
「し、知りませんよ」
オリエッタは追求しなかった。代わりに、眉間にしわをよせる。
「今度は靴ね。サイズは……ううん、このぐらいかしら」
「そ、そんなことも分かるのですか」
「分かるわよ、神殿で学んだ知識がなくても、こんなに強い魔力の気配ならね」
オリエッタもふんわりと笑う。自分の娘同然に愛したミミズク。
彼女のことを思うと、誰もが笑顔になってしまう。
夜の王その人がどんな気持ちで筆を執ったのかさえ、オリエッタには手に取るように分かった。
***
ミミズクはおそるおそる、その靴に片足をすべらせた。
何ていう、柔らかさだろう。まるで、耕した黒土だった。
「ひゃあー」
ミミズクは両手をあげた。それからえへへ、と笑う。
「あたしのサイズにぴったり! ね、なんで分かったんだろ?」
フクロウはちらりとミミズクを見た。それだけだった。
「ディアってさあ、どうしていつもあたしの欲しいものが分かるんだろ?」
フクロウとディアのやりとりを、ミミズクは知らないのだった。
フクロウも、あえて説明はしない。黙って、その手を取る。
「フクロウはねぇ、あたしと踊るんだよ。ディアが言うには、王族は、好きな人と踊るものなんだってさ。
これはそのための靴なんだよ。だからさ、フクロウもあたしと踊ろうよー」
「……好きにしろ」
フクロウが低い声で言うものだから。
突っ立っているフクロウのまわりを、ミミズクは踊った。くるくる回り、ステップを踏んだ。
爪先をつつんだ昼の光を、幸せの音色で打ち鳴らしながら。
フクロウと手をつないで、朝まで踊った。
***
眠る彼女の頭を撫でて、フクロウは靴の片方をそっと脱がせた。
慎重に、ミミズクの肌には触れぬよう。柔らかい引力を持つ娘の肌に、引かれてしまわぬよう。
それから、靴のなかに指先を入れる。
指先に魔力の色料を滴らせて、描く。
フクロウの入れ墨と、ミミズクの紋様をかけあわせて作ったまじない文字。
それが、分かりにくく不器用なフクロウの、宣言だった。
この靴の持ち主は、夜光の君が許した娘なのだ――という。
美しい靴の裏側を自分の色で染め上げると、フクロウもまた、眠った。
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